さなだんごの旅/真田の人々と歴史/上田城

徳川軍を二度も負かした真田の本城・上田城
上田城
父・昌幸から知将を学びたい!?常識に囚われない策略合戦

群馬にある真田の沼田城や岩櫃城につづき、信州の要として父・昌幸の知恵を駆使して築き上げた「上田城」。この城は、よく言えば知将、悪く言えば卑怯者のであった父・昌幸の策に乗せられた徳川家康が「上杉軍から徳川を守る」という口車に乗せられ真田のために建てた城でした。築城後は、徳川軍を裏切り上杉側へ寝返った真田家。家康には同情しますが、これは戦国の世のおはなし。たぬき(化けて人を騙す)と呼ばれる家康をも出し抜いた父・昌幸の策略は奇想天外なものだったのでしょう。

ワクワクする逸話が沢山残る上田城ですが、その中でも勢いに乗る徳川軍を2度も退けた話が有名です。第1次上田合戦は、裏切った真田への成敗として勃発。7845の徳川軍に対し真田軍は2000で迎え撃ちます。人数では徳川軍優勢ですが、父・昌幸の裏をかいた策略にはめられ徳川勢は大惨敗。この合戦では、幸村と兄・信之が力を合わせて戦った心温まるエピソードも残ります。第2次上田合戦は、関ヶ原の戦いの折。上田城を受け渡たすと約束したにもかかわらず一向に譲らない真田に対し、今度は家康の嫡男「秀忠」が大激怒!上田城へと攻め込みますがまたもや惨敗し、秀忠は関ヶ原に1週間も遅れるという大恥をかきました。この時は、兄弟が敵同士という物悲しい合戦でもありました。

上田城
上田城

関ヶ原の戦いの後、負け組となった父・昌幸と幸村は和歌山の九度山へと配流。上田城は徳川軍に壊されたものの、領地は引き続き兄・信之が守り抜きました。時代は江戸に移り兄・信之は松代へと転封。時は流れ、寛永3年に兄・信之の念願であった新たな上田城が築城。幕末から大正まで工事は中断していましたが、昭和・平成に復元が完成。現在では多くの観光客で賑わう名所となっています。兄弟、親子が敵同士となっても一族の強い絆を感じさせてくれるストーリー。歴史ロマンが詰まった城にいざ攻め込もう!
上田城/〒386-0026 長野県上田市二の丸6263−イ/駐車場有/Googlemapを見る

真田神社
勝負時に訪れたいパワースポット

上田城内には、歴代の上田藩主「真田・仙石・松平」が祀られている「真田神社」があります。真田幸村の神霊を「知恵の神様」として崇めているこの神社は、学業や就職、スポーツなど「勝ちたい!」という勝負時にぜひ訪れていただきたいパワースポット。神社の裏には「真田井戸」とよばれる抜け穴があり、藩主居館跡にも通じていたいう噂もあります。赤備えが眩しい巨大な兜は外せない撮影スポット!
真田神社/長野県上田市二の丸2/Tel.0268-22-7302/Googlemapを見る

真田神社
信州上田真田丸大河ドラマ館
期間限定!大河ドラマ館も必見

2017年1月15日(日)まで上田城内では「大河ドラマ館」も開催されています。大河ドラマ「真田丸」の制作風景の動画や、衣装、赤備えの甲冑など間近に見ることができ、真田丸ファン必見の内容。展示内容は、ドラマの展開に合わせて変わっていくようなので何度通っても楽しめそうです。ぜひ上田城とセットで行ってみてください。
開催期間 2016年1月17日〜2017年1月15日/営業時間 9:00〜17:00/入場料 大人 一般600円、子供 一般300円/住所 長野県上田市二の丸1-2(上田城跡公園内)/Tel.0268-21-3710/HPGooglemapを見る

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